レタスがうまくちぎれません

母親
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誰しも一つや二つは、人に言ったところで「は? なにそれ」と笑われて終わるような、地味すぎる悩みを持っているんじゃないだろうか。

私にとってのそれが、「レタスがうまくちぎれない」という問題だ。

長年の悩み、なんて書くとなんだかおおごとみたいだけれど、別に夜も眠れないほど追い詰められているわけじゃない。

スーパーの野菜売り場で新鮮なレタスをカゴに入れるときまでは、すごく平和だ。我が家の冷蔵庫の野菜室で、丸っこい緑の球体が転がっているのを見ても、私の心は1ミリも乱れない。

問題は、夕飯のおかずの横に「よし、ちょっと生野菜でも添えるか!」と思い立った、まさにその瞬間にやってくる。

いざ出そうとレタスをつかんだ途端、頭の中にモヤッと暗雲が立ち込め、私の手はぴたっと止まってしまうのだ。

日によって、私の気持ちはふたつに分かれる。 ひとつは、「まあ、今日のところは形なんてどうでもいっか」と開き直る日。 もうひとつは、「今日こそは、お店のサラダみたいにふんわり上手につままれた感じにしたい!」と欲を出す日。

後者の日、私がどうするかというと、大抵は「まあ、どうせ今日も変な形になるんだろうな……」とあっさり諦めて、包丁を取り出してザクザク切ってしまう。「手でちぎる」というオシャレな工程をすてて、刃物に頼るのだ。

もちろん、それを食べている家族の誰も、レタスがどんなちぎられ方をしているかなんて、これっぽっちも気にしていないはずだ。

「今日のレタス、ちぎり方ヘンじゃない?」

なんて言われたことは一度もないし、私だって誰かの家でレタスを見てそんな風に思ったことすらない。

人には他人には理解しがたい悩みがあるものだ、と思う。私にとっては、まさにこれがそれ。

話を元に戻す。 どんなに無骨でへんてこな形になっていようが、一度お皿に乗せてしまえば、それ以降はなーんにも気にならない。あとは普通に美味しく食べるだけだ。

こんな調子だから、「レタスをうまくちぎる方法」なんてわざわざググることもないし、最近流行りのAIに聞くこともないまま、今日まで来てしまったんだと思う。

……と、ここまで書いておいてなんだが、「そんなのを書いてる間に検索して解決すればいいんじゃないの?」と思ったあなた。

はい、大正解です。

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